独り言

子どもの頃の出来事が、今も自分の心の宿題になっています

誰でも、子供の頃から、心の宿題のようなものを持っているのではないでしょうか。

私はいくつか心の宿題があるのですが、

その中の一つの出来事を今日はお話しようとおもいます。

 

中学校の部活で、他行の学校へ練習試合に自転車で行っていた時の出来事です。

季節は6月頃だったと思います。

自転車は一列になって国道を走行していました。

走行進路の先、ツバメが一匹、道路にいるのがみえました。ひかれてしまったのか、何台かの車がツバメをよけて走っていくのを確認しながら自転車で走行しました。

生きているのか気になって見ていましたが、10メートル前程で生きているのが確認できました。はねられたのだろうとおもいますが、まだ翼をバタバタと動かしています。

生きている事に気づいてから、頭の中では高速で色んな事を考えました。

助けたい。助かるはず。

このまま道路に置き去りにしたら、車に敷かれちゃう。

この自転車の列を止めてもいいだろか・・・

拾っても、今から試合なのにどこに置く!? バッグに入るだろうか?

あ~~。ツバメの所まであと少し。

自転車止めていいかな?(後ろを何度も振り返ってみます)

(ツバメの横まで来ました。ツバメは思っていたよりも元気だった)これは救助したらほんとに助かるかも!?

と思えました。

でも・・・・私は、自転車を止めず、そのまま速度も落とすことなく、自転車の列を乱すことなく通り過ぎました・・・・・

通り過ぎた後は、さらに頭の中での葛藤が続きました。

今なら、自転車を止めて戻って助けに行ける・・・・・

どうしよう~

このまま行ったら、直ぐに車にひかれてしまうかも・・・

でも、今更、私が自転車で止まったら皆なんていうだろう

この列を乱していいの?先生から怒られるかも。

ケガしたツバメを持って行って、皆は何ていうだろう

試合中は誰がみるの? 

あ~通り過ぎてく。もう無理だ、今からは引き返せないよ・・・

もしかして、あれから車にひかれてしまっているかも・・・

そして、試合が終わっての帰り道、その場所にはもうそのツバメはいなかった。

死んでしまったのか、生きて逃げれたのかは分からないままです。

その後、考えていたことが、

あれは、しょうがなかった。団体行動の中で自転車を止めたら迷惑だったはず

もし持ち帰っても、ずっと面倒見れないんだから結局は助からなかったはず

自分を正当化して、言い訳ばかりが頭に浮かんでました。

そしていつからか、自分が情けなくなってきて…

それまで、正義感をもって色々やってきてたつもりで、皆からも信頼されていると自信に満ちていた子供だったのですが、私って偽善者なんだ。と本当の自分にきづきました。

 

このような、自分の弱さを発見する出来事は、実はまだいくつかあります。

その中には死ぬまで秘密にしておきたい誰にも言いたくない事もあります。

そういう出来事が、心の宿題になって今も、考えてしまいます。

 

弱い自分だけれど、少しでも強くなる為に、

今できる事をやっていこう!って思ってます。

 

あなたにも、心の宿題はありますか?