独り言

子育てに自信をなくしたきっかけ、吃音との今。

子育てをしていると、自分の判断を誰かに指摘されたり、避難されると、これでよかったのかと悩みだす事があります。

そして自分が責められているような気持ちになり自分のした事が不安になってきます。

子育てをしていて自分を責めてしまう事が多くなったのは、子供二人が吃音だったことが大きなきっかけだと思っています。

二人の子供も、2、3歳頃から吃音(どもり)が出始めました。

娘が小学校に上がる頃だったか、誰かに的確なアドバイスが欲しいというより、助けてほしい、絶対娘の吃音を治したい一心で、ネットで色々調べて、ご自身も吃音者で伊藤伸二さんの吃音ホットラインをいう電話番号に電話をしたことがあります。

当時の電話の内容はよく覚えていないのですが、吃音者である伊藤さん自身のお話を聞いたこと、子供の事を聞いてくださった事に、ほっとしたのを覚えています。

それから、いくつか伊藤さんの本を読ませてもらいました。小学校で子供が吃音の事で嫌な思いをしないように、担任の先生へ吃音について知ってもらうべき事を、伊藤さんの本の一部を読んでもらうなどして使わせてもらいました。

吃音について、他にもいくつかの本を読んだりして自分なりに、自分にできる事をやるしかないと一生懸命に考えていた時期が長くあります。

調べていくうちに、子どもが吃音になったのは自分の影響が一番なんだって思うようになりました。子どもを大事にする事、躾をきちんとする事、私が自信をもってやっていた事が、吃音を発症させてしまったのではないか。そして治らない原因ではないか・・・・

全ての吃音者にとって、母親が原因という訳ではありませんよ。原因は母親とは全く関係ないという人もいます。

ただ、私の場合は、当てはまる所が多かったので、私のせいだっていう考えになってました。

旦那は今でこそ、子育てに協力的ですが、以前はほとんど私任せでしたので、私が一日中子供とべったり過ごしてきました。

一生懸命子育てしても、結果、子どもが苦しんでいる。私が頑張る程、子供が苦しむの?って、毎日毎日涙が出ない日がない日々でした。

旦那に私の不安な気持ちを言った事があるのですが、

「よその家はもっと大変な子供もいるよ。病気ではないんだから。」みたいな事を言われた事があります。

他人事みたいに言われて、あ~この人は私の気持ちなんてわかってくれないんだって思う反面、こういう風に考えれる人が、子ども達を育ててくれたら、この子達は吃音にならなかったかもしれないな。

私が、この子達を育てない方が子供達が幸せになるんじゃないかって。

そしてどんどん、自分に自信がもてなくなっていった・・・・

自信なんてないけど、とにかく一番傍にいる私が何とかしやきゃという思いでいっぱいの子育て。

小学校に入ってからは、お友達から「なんでそんなしゃべり方なの?」と笑われる。大きくなるにつれて本人が吃音で悩んでいる顔を見るのは、辛かった。

吃音は、波があるので、すらすらとしゃべる時期があったかと思えば、息を何度も吸ってやっと最初の言葉を発することが出来る、体に力をこめたり、ゆすったりしないと出なかったり。

そんな子供が、可哀そうに思えたり、

時にはイライラしたり。

でも甘やかしてばかりじゃ駄目なんだって。子供にきつく当たる時もありました。

振り返ると、子供達に申し訳ない事も沢山してきたと思います。

今でもよく思い出すのは、息子が小学校3年の頃だったと思うのですが、空手に通っていた時の事です。

必ず道場に入る前に、オス!!と大きな声を出さないと道場に入る事が出来ないのですが、言葉が出なくて、道場の隅で体をゆすりながら、声を出そうと頑張るんです。それでも出なくて、(諦めと、助けを求めてだと思います)私の所に駆け寄ってきたのですが、私は、戻ってって。突き放しました。

戻ってきては、突き返す。その間、周りの人の目も気になる・・・

それを何度か繰り返して、ようやくオス!が言えた。

息子が、これから、何度となく経験するだろう周りの人の目線や、思うように言葉が出ない事へのいら立ちや、私自身が吃音に対

 

 

 

それでも、毎日毎日、同じことをグルグルと考えてきた自分と、それに付き合って大きくなってきてくれた二人の子供達。

今でも、吃音になったのは私の影響があったのだと思ってます。

だから、このままではいけない。私が変わらなきゃって思います。どう変わるのか?どういう母親になりたいのか?自分自身に問いかける日々は続いています。

 

現在

娘の吃音は、中学生の頃に自然と治りました。

息子は、まだ吃音があります。

息子は吃音を受け入れているようですが、本当の受け入れではない気もします。

彼なりの悩みや苦労は私にもわかりません。

ただ傍でみていて、辛いだろうな・・・と思う事はあります。

私の今の吃音についての考えは、吃音自体を直す直さないと考えずに、受け入れて恥じない事。吃音を持つ本人、周りがそれを受け入れる事だと思っています。

息子自信はこれから、社会に出ていく時更なる試練があると思います。でも彼自身が乗り越えていかなければならない。

私はその時、デ~ンと構えて息子を見守れる母になりたいです。

過保護にならず、どんな息子でもいいんだよって、

愛情はいっぱいで!!

子供の笑顔があればそれでいい。

 

私の場合、吃音の事が子育てしている中で大きな割合で悩んだ所ではありますが、子育てに限らず、

何かを選択しなければならない時、どちらかを選択しても、結局はなんでこっちを選んだんたって考えになってしまう自分がすごく嫌なんですね。

最善を選びたいのに、選んだはずなのに、結果が思うようにならなかった時、後悔してしまう。

完璧を求めすぎているのでしょうね。

最近でも、その癖は全くなおりません。なにかあると最後は自分を責めてしまいます。責めないようにしようと自分の考えを直そうと思った事もありますが、無理でした。いつの間にかそちらに行ってしまうんです。

だから今はそういう考えになる自分を受け入れてます。しょうがないって。それが私なんだから。

でも!!

自分の選んだ道に後悔した後は、選んだんだから自分で責任を取ろう!

自分で責任を取る!事を最後に付け加える事。そして

自分で責任を取る!!!!って自分に言い聞かせるようにしています。

そうすることで、前向きに考える事が出来るようになってきました。

責任を取るってなったら、考えてばかりじゃならなくなって、

行動に移してみようってなってくるんです。

まずは謝ってみようか?話し合ってみようか?

ちがうやり方で?考え方を変えてやってみようか?

と。考えが未来を向くからでしょうか、気持ちも元気になってきます。

私の気持ちが元気だと、子供にとってもいい事になるので!

負のオーラは伝染しますから。

元気なオーラを振り撒けれるように

笑顔でいたいと思ってます。

 

息子の、ラインとの会話から、かなり話がずれましたが、

息子の自己管理のなさに呆れますが、

とりあえずは、怒って・・・・

それからは・・・・・ダメダメ。直ぐ説教じみた事をいいたくなる自分を抑えて抑えて…

私の子育て、まだまだです….(;´д`)トホホ

 

あなたは、自分の選択に後悔せずにいられますか?

今朝から、息子に振り回されてイライラMAX!

高校1年の息子。今日が教科書販売だったから、学校に教科書代を持ってきてとラインで連絡があり、すぐに

もう!いつ持って行けばいいの?!

とラインを返してしまう私です。

昨日は、帰宅時間に雨が降っていて、こちらから迎えに行こうか?のラインを送ってしまった・・・そして迎えにいきました

ほっといたらいいのに、過保護にしている自分に腹が立つんですね。

過保護はよくない、息子の為には、ここは毅然と無視するに限るとも思うし、体調を崩すかも(雨に打たれたり)と思ったり、学校での期日に関する事には、つい手を貸してしまう私です。

自分自身は子供時代、親にそんな事してもらった事はありません。

熱があっても自力で学校へ行くし、傘を持ってきてくれるような親でもなかった。忘れ物したら走って取りに帰るか罰を自分で受ける。それが当たり前でした。

子どもの自立を考えるとそんな自分の育ってきた道が良かったのかとも思うし、でも本当は親に頼りたかった自分の気持ち、二人の子供への平等性(上の娘は送迎が多かったりします)、今の時代(携帯の普及など)の中で、子供同士の環境の中で適切とは?

なんて、日々考えながら子育てしてます。

ずいぶん前の話ですが、息子が小学校の時、学校へ行ってから雨が降り出し、

「朝、傘持って行くように言ったのに忘れるから。しょうがないね」と傘を学校へ持って行くつもりのなかった私に、

旦那が「ひどいね。冷たい。持って行ってあげればいいのに」と言った事があります。

確かに旦那は、そういう事を親にしてもらっていただろうと思うと、私の子育て方針だけで勝手にしていいのかな。彼の子供でもあるしな・・・

そういわれると自分のやり方を責められている気分になってきて、考え直し傘を持って行った事があります。