歌のフレーズ

最後のサヨナラは誰に言うんだろう

あいみょん生きていたんだよな という曲に今はハマってて、3日間くらいずーっとリピしてます。

若者に人気のあいみょん。名前は知っていたけど聞いたのは、本当最近。そして、生きていたんだよな  を聞いて衝撃!なっなんて歌詞…

映画のワンシーンのようにその風景が浮かんで。

最初に聞いた時、心にズサって入ってきた言葉が

最後のサヨナラは他の誰でもなく自分に叫んだんだろう

ってフレーズでした。

 

誰もが、わかってもらえなくても、生きて生きて生きてるんだって。

その少女はどれだけいろんな事を考えただろうか

 

そして、何度も聴く度に、私の偏見の目や、自分の子供の時の感情や、今子供を持つ母親としての思いや、少女の思いや、周りの人との関わりや、考えさせる言葉があの短い曲の中に散りばめられています。

他にも、いくつかですが私が聴くたびに考えてしまうフレーズをかきますね。

★生きた証の赤い血は何も知らない大人達に2秒で拭き取られてしまう

★今ある命を精一杯生きなさいなんて綺麗ごとだな

★精一杯勇気を振り絞って彼女は空を飛んだ

★希望を抱いて飛んだ

★新しい何かが始まる時消えたくなっちゃうのかな

少女の気持ちになり、親の気持ちになり、野次馬の気持ちになり、私自身に重ねてみたり。

親として、死に希望を持ってほしくないとい気持ちが大きいのですが、それでもそれが正解とも言えない気がする。

口からは綺麗ごとが出てくるんだけど、私の心がざわざわとするのは、私自身が自信の持てない人だから、いくら言葉を発しても自分で納得できないのだろうと思う

子供にとって、しっかり生きているところを見せたいというのが私の今の目標なのだから、まずは笑って子供と接する事。かなと思って今日を過ごそう!

こどもが、生きる事をやめる事が希望にならないように。

 

私の最後のサヨナラは誰に向けられるのだろうか・・・自分でありたいのか、他の誰かなのか・・・・今思っていても、最後の最後はどうなのかはその時にしかわからないのでしょうね。

死は避けて通れないものだから。不思議と死について考えると恐怖が消えていくんですよね。死にたいとかじゃないですよ!私まだまだ長生きしたい!

ただ恐怖だった死を考えまいとするより、考えて、いろんな方向から死を考えて、すると不思議と心が平穏になります。

やっぱり生きているって素晴らしいと思えます。

今日も素晴らしい一日を過ごそうと思います。

 

あなたの最後のサヨナラは誰に向けられるとおもいますか?